daruma人が行動する(営む)原動力は「価値」だと思っています。
当たり前ですが人それぞれに「価値」の基準があります。どんなに希少で高価であっても、その人にとって興味がなければ、それは「価値」のない”単なるモノ”でしかありません。
そして物質的なモノだけでなく、「価値」はあらゆる事柄に存在します。最近は経済誌などで、ビジネスに於いて「モノからコトへ」「物から体験の販売へ」なんてよく目にします。

そんな中、私個人の「価値」観は、周辺では理解されないことが多く、良くも悪くも”冷めて”いました。
それが、会社を退職し環境が変わって、すべて自分で決定することができるようになって、やっと自分の「価値」を取り戻すことができつつあります。
組織に属していれば、自分の「価値」基準を十分に理解されることは稀であるのは当たり前で、周りとうまくやっていくには我慢も必要です。ただその我慢も、心や体に支障が出るレベルになると考えなければなりません。
一番、難しくて簡単なその解決法は、

さっさとその環境から離れること。

・・・それを簡単にできれば悩むことはありませんね。
歳を取ると自分一人の体ではなくなることが多いので、若い頃のアルバイトのように、

”はいやめます”

は、なかなかできません。
その”はいやめます”をするのに私は10年かかりました。
組織に属していた最初の頃は、自分の「価値」基準、つまり考え方を理解してもらい、組織の常識にしようと試みましたが、これが難しい。
ガバナンスがしっかりした比較的大きめな組織ならば、目安箱みたいな制度があるでしょうが、企業に限らず小さいコミュニティ・組織はトップダウンなので、いわゆる「ボス」がいちばん。
ボス(決定権のある人)が変わらないと、組織も変わることができないのですね。
ボスが変わらない・・・だったら自分がボスになろうと。
そんな経緯で・・一種の恐怖を感じながら、私は会社を辞めました。

MBA関係の書籍ではよく出てきますが、考えない(変化できない)組織は後退しかないと。
以前の私の周りではこういう言葉を良く聞きました。

「しょうがない」「やるしかない」「頑張るしかない」「やればできる」

など。
反対意見の方は多いと思いますが、私の「価値」では、すべて大嫌いな言葉です。
一見、「前向きに動こう」みたいな言葉に聞こえますが、私からすればすべて嫌々行動する際の文言です。
努力や根性も嫌いです。そもそもスマートに結果を出す人は努力を努力と思ってないし、むしろ楽しんでいたりします。(フロー状態やゾーンに入ったり・・)
上記の「しょうがない」諸々も他の良い方法を考えない、ただの思考停止だと思っています。

■”しょうがなく”やるぐらいだったら、やらなきゃいいじゃん。
■”頑張る”・・・否、頑張らなくても効率良い方法があるのでは・・・?
■”やればできる”・・・やりたくないから、やらないの。だからできないの。無駄だと思うからやらないの。

組織を出て一人になった今、何でも自由に決めることができるようになって、開放されました。それが良いか悪いかは、ひとそれぞれの「価値」であって、私の考えを否定するのもその人の「価値」。それで良いと思います、その人の人生です。ただ、無理をしている人は少し立ち止まって「考えて」みてもいいのではないかと思ったりします。