kani普段、生活をしていると「何かをしなければいけない」と、強迫観念に迫られることがあります。そしてそう思いながらも何もせずに一日を終えると、一種の罪悪感や自分への嫌悪感で満たされたりします。

ああ、、またサボってしまった。
私はなんて駄目なんだろう。

仕事に於いても、何かしていないと ”サボっているできない人間” と思ってしまいます。
もしくはそう思われたくないので、常に何かをしていないと気が済まない。そういう人は多いと思います。きっととても優しい人なんだと思います。
そして、語弊を恐れず言うならば、そういう優しい人は損をする。

昨日の記事にも重複しますが、無理に何かをする必要なんてないと私は思っています。そして他人から見れば、サボりまくっています。そもそも私は世間一般的にいう駄目人間なので、タスク管理なんてしてないし、場渡り的に生きている感じです。
最初からそうだったわけではありません。毎年手帳を購入して、日々スケジュール管理をしていたこともあるし、PDCAやらなんやらの本も一通り読んだりしてきました。そういうビジネス本などの手法も試してきました。

・・・確かに効果はある。でも楽しくない。
楽しくないから、しばらくするとやりたくなくなってしまう。「やればできる」が嫌いな私は、できるかもしれないけれど、「やらない」を選択します。
そして昔の私はその事に対して罪悪感・嫌悪感を感じていました。
これは私の思い込みですが、この罪悪感云々は本来要らないものであって、幼い頃からの刷り込みに依るものだと感じています。親からの影響もそうですが、大きく言えば教育システムそのものに依るところもあると思います。
■「やればできる」をやる子供は褒められる。
■協調性のある子供は褒められる。
この2つをとってみても、現在の私には気持ち悪い。こんな刷り込みがあるから、やらない人は罪悪感を感じたりするのだと思います。
そう気付いたのは、結構大人になってからでした。
やりたくもないことを無理にやっても楽しくないばかりか、良い結果が出ない。

私の場合、基本やりたくないことはやりませんが、どうしてもやらなければならない事はロボットのようにシステム化することを目指しています。
何も考えずに気付いたら終わっている仕組み。
最短で終わらせる仕組み。
その仕組み作り自体は案外楽しい。そしてPDCAではないですがw、結果がうまくいくとまた楽しい。そうやって何とかこなしています。

やりたいことに関しては、これこそ計画性もなく止め処なく疲れるまで続けます。気付いたら朝だったことはよくあります。皮肉を込めて「選択と集中」でしょうか。
私の場合、それが丁度良く心地良い。
もし、日々罪悪感・嫌悪感に苛まれる人がいたら、私のような駄目人間もいますので、どうか自信を持って下さい。そして、うまくサボってやりたい時に集中して楽しんで下さい。